Monday, December 28, 2009

Frozen

夕方のニュースで、完遂の感を湛えたようなにこやかな表情でインタビューを受けていらっしゃる清家塾長を拝見して、やはり長い間ご研究されてきたご自身の専門分野のお話をなさるのは快いものなのかしらと思う。組織に所属し、柵にがんじがらめにされながら生計をたて、且つ自分の好きなことができる環境というのはそうは得られないのだろう。もっとも何処にいても社会という組織からは逃れられないのだから、好きなように生きるなどというのは幻想にすぎないのかもしれないけれど。

ところで、自宅で使用していた2台のPCがとうとうインターネットにつながらなくなり、ここしばらくの間、大学にいるときと、携帯電話の小さな画面の中でのみネット世界に乱入するという日々が続いていた。活動範囲がほぼ現実世界に限られるというのも、私にとっては居心地がよかったのだが、ここまでIT化が進んだ社会でネット社会から離れていると、共同体から爪弾きされたような孤独感や疎外感に陥りそうで、やむなくASUSのモバイルPCを購入した。

ASUSは台湾の部品メーカーだそうで、低価格設定でありながらバッテリーの持ち時間も長く、起動もスムーズですこぶる使い勝手が良い。これならいつでもどこでもPCが使えて、修論もサクサクと完成させることができる・・・わけがない。

先日のある授業で、「法人の人権」論における憲法学の通説は、八幡製鉄事件判決や、それ以前にも、美濃部達吉が『逐条 憲法精義』(1927年)の中で帝国憲法の「臣民権利義務」について述べている部分などを根拠に「実在説」を重視する立場をとっているという文献に接した。授業の中でも実在説と擬制説について議論があったのだけれども、授業終了後にある方が、「実在説だと北朝鮮問題が説明できないんだよね」と言って教室を出て行った。以来、その言葉が私の頭の中に焼きついて、何故説明できないのかを何故説明してくれなかったのだと呟きながら考えてみるのだが一向に答えが見つからない。今度大学で見かけたら続きを聞くつもりでいるものの、秋学期の授業がほぼ終了した今、専門が異なる方と大学で出会う可能性は限りなく低いと思われる。永遠の課題としてこれからも考え続けるべきなのか、悩ましい。