Sunday, February 15, 2009

本来空

入学試験がはじまり、慶應の図書館は休館にはいったので、上智大学に本を借りに行く。土曜日の東京は、最高気温が23℃を超え、思わずキャンディーズの「春一番」を口遊みたくなるような陽気。この束の間の春を楽しまないというのはあまりにもったいないので、帰りは四ッ谷から北の丸公園まで歩こうということになった。

気温は高いものの、やはり2月の風景は茶色が多くて何ともいえずアンバランスで不思議な気分。それでも春のような陽気は、「何とかなるさ」という開きなおりともいえる「希望」を抱かせ心を軽くしてくれる。

途中のコンビニでおにぎりを買って公園のベンチで昼食。小さい子供と遊ぶ家族づれ、愛犬と戯れる人、読書する人、ひたすら大きなシャボン玉を飛ばす人とそれを追う子供達、だまってベンチに座っている老夫婦(夫婦ではないかもしれなが・・)、穏やかで何ともいえず平和な日常の風景。

そんな風景を眺めていると、虚実が錯綜し日常の継続性がおびやかされる中で感じる不安や孤絶感などは、幻想にすぎないのではないかとさえ思えてくる。

先日、ある方が、「現代はいろいろなことが、何重にも巧妙に上塗りされて、本来あるべきものが見えなくなっているからみんな不安なんだ」と言っていた・・・逆じゃないかなと思った。今まで何重にも上塗りされ隠されていたものが、朽廃した上塗がはがれ、本来の姿が垣間見えるようになったが故に、寄方のない不安が襲っている。

けれど、「万象は本来仮の存在」であれば、「本来あるべきもの」や「本来の姿」なんてものこそ幻相でしかないのかもしれない。

その後、さらに飯田橋から御茶ノ水まで歩き、心地よい疲労感とともに帰宅。

やはり都会のビルの中に閉じ込められていては何も感じることはできない。