Sunday, July 05, 2009

Go back to the basics.

録画してあった、テレビ東京「日経スペシャル ガイアの夜明け」『雇用動乱 第2章 ~正社員はどうなる!?~』(6月30日放送)を鑑賞する。

番組前半で紹介されたのは、外資系企業における非情リストラの実態。米系外資系証券に勤務するAさん、突然上司に呼び出され、「あなたを整理解雇するので人事部に行くように」、と言い渡される。人事部に行くと、いきなり社員証を没収、即座に職場から退去するよう命じられ、PCはロック、自宅には、会社の私物がダンボールにまとめられて送りつけられる。いわゆる「ロックアウト型退職強要」とよばれる違法解雇。

また、世界のトップシェアを誇るある外資系メーカーでは、アメリカ本社からの通達で、300人以上の正社員削減を始めている。日系企業や外資系などを渡り歩き、マーケティング部門に勤めるBさん、希望退職の説明会後、人事部に希望退職には応じない旨を伝えると、2階級の職位降格。仕事も4月以降はないと告げられ、本人の意向を無視して配置転換。郵便の仕分けや、生ゴミの処理など、「リストラ対象者」として会社が用意した雑務をさせられ、人事担当者からは週に1度面談に呼びだされその都度退職の意思確認を迫られる。


規制の緩い証券化商品というデリバディブを乱造し、規制対象外のヘッジファンドを相手に新手の証券業務で空前絶後の利益に貢献した立役者達は、法外な利益を先取りして悠々自適の生活を送っている。ツケを払うのは、実体経済の悪化に伴い失業を強いられる者達。

大企業といえども、人を道具としか考えていないところは多い。経済成長を続けるには、技術革新による需要の創出と、労働生産性の向上が不可欠である。組織の生産性を高めて他社との差別化を進めることを怠れば、企業は競争を生き抜くことはできない。そして、従業員の働く意欲が高くなければこれは実現しない。原点を見つめ「人を大事にする経営」を実践できる企業のみが最後に生き残るだろう。

Saturday, July 04, 2009

正しさの評価


特定の種の構成員だけに道徳上の特別な地位を与える倫理的根拠は存在しない。

そこで、animal rights は、「種の違いだけに基づいて区別するのではなく、正常な成人の知的能力をもっている生命を殺すことの深刻さと、そのような知的能力を持たない、そして決して持ちえない生命を殺すことのちがい」で生命の質を判断する。

animal rightsは、すべての生命が同等の価値をもっているとか、どのような利益についても人間の利益と他の動物の利益が同等の重さをもつと主張するわけではない。主張するのは、動物と人間が同様の利益をもっている場合、その利益は平等に考慮されるべきだということ。

この立場に立つと、人間以外の動物の生存権について、それを否定する立場(契約主義、功利主義、人間主義、間接的義務論・・・)からの反論に対し、一貫した矛盾のない論理で応答できてしまう。事実、私も、数年前、 animal rights に共感して(私自身が矛盾を感じていたものに対する答えがそこにあって)、ベジタリアンを実践していた。

しかし、この理論を貫徹すると恐ろしい結論にいきつく。

「もし、深刻な脳障害があり、知的能力に劣る人間の子供の生命を奪うことがいけないのなら、同様の知的レベルにある動物の生命を奪うことも同じようにまちがえている」

理論的に首尾一貫しており正しい、しかし、人道的にまちがえている。理論だけでは説明できないものがある。

Tuesday, June 30, 2009

Did you change?

ベランダのくちなしが満開で、窓を開けると、部屋の中がいい香りでいっぱいになり、雨続きで鬱になりがちな気分を盛り上げてくれます。

大学院生活は、先週迄に、私の春学期の発表は全て終わり、少し余裕が出てきたところで、修論のテーマ絞りにとりかかっています。まだまだ注目されていないけれども、社会の動きからして今後問題となるであろう分野で、自分自身も興味関心があり、専門分野に即した話題、という条件にマッチングするテーマを決定するのは難しい。新聞やTV、街にあふれる広告宣伝の傾向、大学やその他の友人との会話、などなどあらゆる方向にアンテナを張って感性を研ぎ澄まします。何とか夏休み前にはテーマを絞り込み、図書館の長期貸出しが始まる頃には必要な文献を確保して、休みの間に骨子を組上げようと思います。


ところで、私はこの4月から大学院生となったので、年金保険料の支払いは「学生納付特例制度」を申請し、在学中の保険料の納付が猶予される手続きをとっているのですが、先日、家のメールボックスに「親展」と赤字で印され、差出人が「社会保険庁委託業者 株式会社○○」となった白封筒が投げ込まれていました。

開封すると、「大切なお知らせ」と題され、「社会保険庁では、国民年金保険料を納付せず、また、免除などの手続きもしないまま、未納が続いている方に対して、同保険料の「強制徴収」(←ここのところフォントサイズは数倍でしかも太字)を実施しています」と、社保庁では申請手続きが迅速かつ正確に行われていないことを自ら暴露するような内容が書かれたA4サイズのペラ紙が一枚。

すぐさま、確認の電話を入れようと携帯電話を手にしましたが、ここは少し冷静になり、最も効果的な苦情申立ての経路を考えて、まず、この委託業者の株式会社なんちゃらに連絡しても意味がない、いきなり社保庁に連絡しても責任の擦り合いで埒が明かないだろうということで、まずは、手続きの進捗状況確認のために区役所の担当窓口に事情説明を求めました。

すると、案の定、「縦割り行政といわれてしまうかもしれませんが、保険料の徴収は社保庁が担当しておりまして私どもではどのような徴収方法がとられているのか存じていません」っと保身に徹したご発言。どのような体制がとられているかは知ったことではないが、とにかく申請手続きの進捗状況を知らせろと、精一杯の理性を働かせて対応し、折り返し来た連絡が、「(学生納付特例申請の)審査に時間がかかりまして、こちら(区役所)から社保庁に通達がいきましたのが6月25日でしたので、行き違いかと思われます。社保庁にも連絡とったのですが担当者が不在でして、その後のことは確認できませんでした」と、責任の所在をあやふやにすることに関しては非常に優れた偉才をお持ちのようで抜け目のないご回答。

怒りを通り越して呆れ果てました。社保庁という国の行政機関が、国民の財産を強制徴収する権利を執行するということは、つまり法治国家であるわが国において私は犯罪者扱い?何の確認作業もせず、しかも自らの組織の業務遂行の遅怠は棚にあげ「強制徴収」も辞さないという、威嚇ともとれる文言を行政が使用するとは、この国の行政の本質を見た気がします。

国の予算(一般会計)の半分もの額に匹敵する40兆円もの年金特別会計予算を使いながら、2008年度には、積立金の市場運用で9兆円台の赤字を出し、厚生年金法にある「加入者の福祉増進のため必要な施設を建設することができる」という条文(同法159条5項)を根拠に「グリーンピア」や「年金会館」などの「福祉施設」を全国に建設し、その運営主体となる行政法人は社保庁職員の重要な天下り先ではないかと思惑されつつも、6兆4000億円もの年金を給付以外に流用。過去にデータ入力ミスが数十万件、記録の統合がなされないまま放置されているデータが5000万件あったことが発覚、納付記録統合の不備により6年間で22万人の給付額が変更(未給付分を増額)され、しかもこれは、給付を受ける側の指摘を受けて社保庁が調べ直した結果発覚したもの、民間企業であれば存続不可能となるであろういい加減な仕事ぶりです。

「『行政サービスのトップランナー』を目指し、年金相談や年金個人情報の提供サービスの充実、保険料の強制徴収業務の強化や、市場化テストモデル事業、新人事評価システムの導入など、改革の取組を充実・発展させました」なんていう「『社会保険庁は変わります』宣言」、是非とも実質の伴ったものにしていただきたい。

Wednesday, June 03, 2009

Logically

昨日は、お昼休みに、キャンパスで應援指導部の皆さんのパフォーマンスがあり、大勢の人が輪になって手拍子をしたり、「若き血」や「塾歌」をうたったりと大いに盛り上がりました。慶早戦は残念ながら惜敗でしたが、全力で応援する姿に元気をもらった方も大勢いたのではないかと思います。それにしても、「ハイ、皆さんも手拍子お願いしま~す」なんていいながら遠巻きに眺めていた人の輪の中を走りまわり、なんとなく立ち止まった人をも捲き込み、ひとつにまとめて場を盛り上げてしまう団員の方の技はスゴイと思いました。

6月13日(土)には、慶應の應援指導部の皆さんも参加して、日比谷公会堂で、東京六大学応援団連盟による「六旗の下に」 と題したステージがあるそうです。チアリーダーの皆さんも本当にカワイイ方ばかりで、笑顔で楽しそうに演技する姿を見ているとこちらも自然と笑顔になります。お時間ある方は是非どうぞ。



元気をもらったところで、私も気分晴れやかに午後の授業に参加しました。
ドイツ法の授業では、慶應義塾とも縁の深いザール大学の Prof.Dr.Dr.h.c. Heike Jung 氏の著書である'Kriminalsoziologie' を輪読しています。

今日の独法の授業の中でも触れられたのですが、Listが言ったように、理論だけではなく「全刑法学的な視点」で考察することは大切だとあらためて感じました。理論的に矛盾がない主張ができるということは、学問的にも、また仕事をするうえでも、高度な技術だということは誰もが認めることですが、ガチガチの理論で固めて「どうだ!誰も反論できないだろう!」などというのでは(私も仕事をしている時はそうでしたが)、自己満足で終わってしまう気がします。最近になってやっと、理論的に整合性はないかもしれないけれど「正しい」ということを認めても良いのではないかと考えられるようになりました。規範自体だけではなく、その社会的影響なども広範囲に研究したうえで、理論体系を構築することが大切だとあらためて感じています。

今日は、Simon Caney の 'Justice Beyond Borders' を読みすすめていました。正義の実現はどの観点から考察しても矛盾なく説明するのはとても難しい。J.Rawlsさえ完璧ではないし、だからといってその抜け穴に「パッチ」を張って塞いでも完璧にはならない。もっともだからこそ研究はおもしろくてやめられないないともいえます。

Tuesday, June 02, 2009

変化

久しぶりに晴れ。士気も高まります。
気分が天気に左右されるようではダメだ、なんて仰る方もおりますが、太陽を恋しがるのは人間の生物としての本性(ほんせい)ではないでしょうか。

ところで私は、学部時代は医療事故について研究し卒業論文を執筆しましたが、どうも医療事故はシステム(組織)の態勢も影響しているのではないかという疑問を抱くに至り、大学院では、企業(組織)犯罪に刑法の業務上過失致死傷罪を科すことの正当性を探る(これが証明できなければ不当ということになります)という研究をはじめています。つまり、企業活動に伴って、人の身体・生命に侵害が発生したときに、そこに所属する構成員に刑事責任を問うことを過失犯の側面から検討し、問題点を見いだして、それらを修正するためにはどうしらたよいかを、せめて方向性だけでも示すことができればと思っています。

これらの先端的な研究は、早稲田大学の「21世紀COE研究所」で多くの先生方がご参加されて行われていますので、ご興味のある方は参考になると思います。

現在は「三菱自動車タイヤ脱落事故」の判例を素材に報告レポートをまとめていますが、個人(自然人)を対象とする刑法で、企業システムに組み込まれた構成員を処罰対象とすることを理論づけようとすると、どこかで必ず修正が必要になるように思えます。このことはつまり、現行刑法の枠組みに企業(組織)犯罪をはめこむと、そこには収まりきらずどこかに歪みが出ることの証しなのかもしれません。

この歪みを修正するためには、枠そのものの型を中に収めようとするものの形態にあわせて変えてしまうか、新たに内容物にあった型を作成しそこに収めるしかありません。どうすればよいのか、まだ答えは出ていませんが、環境が許す限り地道に研究を続けていければと思います。

企業文化や業務態勢・システムは巨大企業に所属する個人がどう足掻いても太刀打ちできるものではありません。一般社会とは切り離された固有の社会が形成されているといってもよいと思います。そして企業活動の第一の使命は利潤の追求であり、福利厚生等、一見所属する構成員のために行われているように見えることでも、全ては最終的に利益につながるが故に投資するのであり、はじめから利益にならないことは一切行いません。そのような中で、これが刑法理論なのだからこうなるのだ!とバッサリ個人を切り捨てればあまりにも酷な結果となるのではないでしょうか。この点、「横浜市大病院患者取り違え事件」最高裁判決でも感じました。

昨日参加した刑法の授業で、学生さんたちの興味深い反応がありました。刑法の授業ですから皆さん法学部の方です。「具体的事実の錯誤」の場面で、「Aを殺そうと思って拳銃を発射し、背後にいたBにも弾があたり殺してしまった」というケース。法定的符合説を採れば2つの殺人罪、具体的符合説を採れば1つの殺人罪と1つの過失致死罪が成立しますが、直感的にどちらが正しいと思うかとの質問に、多くの方が2つの殺人罪を成立させるべきだと答えました。理由をたずねると「どちらも最も重要な法益である命が奪われているのだから両者とも殺人罪で良い」というもの。では、器物損壊罪の場合はとうなのか、との質問には「それはまた別の考え方でよいのではないか」という意見でした。

いろいろな制度の枠組みからこぼれ落ち切り捨てられるものが山ほどある社会の中で、ある意味このような反応は人間として持つべき良心に素直に従ったものではないかと思えました。今迄は、そのような意見を受け入れることができなかったのですが、私も変化したのかもしれません。

金言

6月。
中旬から下旬にかけて報告担当が目白押しでうれしい悲鳴(?)な毎日。
目の前にあるものをひとつずつ丁寧に片付けていかなくてはね。

しかし、研究ばかりでは思考も偏ってしまう虞があるので、できる限り社会情勢を把握するようにしている。そのためのひとつの手段がビジネス系番組の視聴。今日はテレビ東京の「カンブリア宮殿」にセブン&アイ・ホールディングス会長兼CEOの鈴木敏文氏がご出演。グループ会社が減収減益となる中でも動じない。そんな鈴木氏の「金言」は、

「専門家になるな“素人の目”で見ろ」
「目の前の仕事を片付けただけ」
「問題を突き詰めよ」
「人間の欲望がなくなることはない」
「他と同質では生き残れない」

実績出した方のお言葉は説得力あります。

Saturday, May 09, 2009

Universalism

連休も終わり大学の授業が始まった。初日は2限が休講となり、4-5限が私にとって連休明け最初の授業。しかし、連休中もほとんどの時間を、今月下旬にあるこの授業の発表準備にむけて、脳漿を搾る日々をすごしていたので、チューニングは完璧だ。哲学の原書読解には多くの時間と労力を費やさなければならず、思った以上に大変で苦労するが、苦労の大きさに比例して吸収できるものもまた大きい。さらに、授業は内容の濃い高度な議論が交わされてとてもパワフル。配分的正義にかなった価値のある時間を享受し、勉強するプロセスを楽しんでいる。

「Global Justice を考える」という全体テーマの中で、今日のテーマは ‘Universalism’。普遍的道徳的価値観 universal moral values を探り、それが 全ての人に当てはまるのか apply to all persons を考え、さらに、道徳は文化に相対か morality culture relative を検証。そして、もし普遍的道徳的価値観 universal moral values が存在しないのなら、どのような道徳的価値観 moral values が存在するのかを探る。

授業の後は、先生自ら「(第一回)うちとけコンパ」と題した懇親会。ここでも,「ダフ屋行為は正義に反するのか?」という問いが投げかけられ、途中、参加者から、やけにリアルなexanpleが示されて恋愛相談に発展しかけるも、集団的エゴイズムや、double standard、企業倫理など幅広い視点で熱い議論が交わされる。 

こういう(おそらくはどうでもいい)ことを本気で議論できる場があり仲間がいるという境遇は、私にとって掛替えのないものであり、無条件に楽しく、この幸せは格別だ。

Wednesday, April 08, 2009

入学式

大学院入学式。
安西塾長の式辞には泣けた。
経済的なことや将来の見通しに対する不安に押しつぶされそうになりながらも、受験して本当によかったと思う。

「学問を通して得る達成感は、場合によっては身が震えるような感覚が押し寄せることがある。これは一般の人は経験することの出来ないこと」

「・・・諸君は・・・できるという実力があると認められたからこそ入試に合格し今ここにいる」

また、健康マネジメント研究科の佐野准教授からは、先日のWBCでのイチローの活躍を例にしながら、
「[出来ない]という壁をつくらないでほしい」
との祝辞をいただいた。

おそらくは(というより確実に)、大学院を出ても社会的評価におけるキャリアとしては何のメリットも期待できないだろう。しかし、「人間」として、あらゆる「見返り」を求めることを上回る価値があるものと確信する。

取り巻く環境や、身分、能力などを言訳にせず、出来ること、すべきことを可能な限り実行していこうと思う。そして、「人」とのつながりを大切にしていきたい。



入学式の後は、学生証、履修要綱等の配布とガイダンス。午後からは院生集会がありキャレルやロッカーの抽選など。

ガイダンスではDのYさんにお会いして、いろいろと質問攻めにしてしまったが、イヤな顔ひとつせず親切に教えてくださる。
しかし、
「大学院校舎の地下にはボーリング場がある」とか
「キャレル使用がパートナーとかち合ってしまったときは椅子に半分ずつ座って使う」
なんて真面目な顔で言われると、悔しいことに純粋な1年生としては、「そうなんですか!?」と驚きと共に納得してしまう。
もっともすぐにに否定して下さるので大事に至ることはない。

指導教授を引き受けてくださったY先生にもガイダンスの際にご挨拶したところ、パパッと履修科目の選択をしてくださり、悩んでいた履修申告はスムーズに出来そう。
しかし、指定された科目のシラバスを見ると、「リベラル・デモクラシーに関する英語文献の読解と討議」とか、「ドイツ法学に関する原書輪読とドイツ語での討論」など、私の能力を遥かに超えているであろうと思われる科目が目白押しであり、これからはじまる院生生活での奮闘ぶりが目に見えるようだ。

その後、I先生を訪ねるというYさんに同行するが残念ながらI先生はご不在のようであった。S先生の研究室も覘くがこちらもご不在のようなので後日ご挨拶することにする。

生協組合の申込をしたり、図書館で本を借りたり、大学院校舎内を探索したり、生協から大学院校舎に抜ける秘密の通路を教えて頂いたりと慶應義塾を十分に堪能した一日。

頑張ろう・・・